きゅーchanとYUMINGの
ミニ小説



H14.11.1  更新


ユーミンの歌をモチーフにしたミニ小説を発表するコーナーです。長らくお待たせしました「セシルの週末」完結編をUPしました。どうぞ御覧ください。


セシルの週末

 薄ねずみ色の空の下で、桜木アサミはただもくもくと歩いていた。平日の昼間ということで駅前商店街も人通りが少ない。高校の制服を着ているアサミを通り掛かりの人は不審そうな顔で見送る。そう、アサミは今日も学校を抜け出してきたのだ。
「ふざけんなよー!」
と叫びたかったが、こんなところで叫んだら馬鹿まるだしだ。ゲーセンの前までくると、さっとなかに入った。

 今日、学校に行ったのは友達に漫画を借りるためだ。ついでだからと授業を受けていた。ところが4時間目の生物の時間にクラスの男子の財布がなくなったとかで大騒ぎ。キーキーババア(いちおう先生らしい)が、なーんの証拠もなしに
「桜木さん、あんたじゃないの?」
と言って来た。それでブチキレたのだ。
「あー、あのときもっと言い返しときゃ良かった。」
2言ぐらい罵倒を浴びせただけで教室を飛び出てきたことを後悔した。
「どうもあたしって口下手だから損だよなー。」
口下手の人はすぐ暴力に訴える傾向があるが、暴力はアサミの信念として許されないものだった。人前で口下手をさらけ出しているようなものだからだ。

 アサミの父は外資系企業の取締役の一人である。家も高級住宅街のなかにある。父は週に2回ほど顔をあわせるだけだ。小さいころから、父と母の間に見えない隙間のようなものがあると感じていた。普通家族があつまると安らぐそうだけど、そんなもの感じたことがない。父・母・アサミの3人そろって食事をとっていても、行事でやってるだけという感じがして息がつまった。冷めた空気が漂うなかで無理に笑顔を作っている父・母を見ると痛ましくさえ思った。小学生のころから自分の部屋で食事をすることが増え、今では日曜日の「集合日」以外は部屋でこもっている。中学生ぐらいになると父と母の関係がだいぶ理解できた。母は、会社社長の娘だった。そこへ優秀な社員であった父と政略結婚させられたというわけ。

 で、わたしはというと、そんな父と母の興味を引くためにいろいろ努力してきた。小学校のころは「良い子」になろうとがんばった。成績は必ず一番だったし。それでもいつも反応があまりなく、父にいたっては「うん」というだけ。それで中学校では「ワル」なことをしてみた。それは万引き。わざと店員さんにみつかるように口紅をとった。めでたく(?)つかまって母が呼ばれた。でも家に帰っても父も母も何も言わなかった。そのとき、この家庭に失望した。

 そして今、近所でも評判の不良娘になったのだ。万引きしてもつかまらない自信あるし、たばこ・酒はもちろんのこと援交もしてる。まあ、そんな子はいっぱいいるけど、私の自慢はこんなにワルでも成績が中程度なこと。これで学校にちゃんと行ってれば成績優秀間違いなしだねー。私って要領いいから。

 ゲーセンで機械をガンガンたたきまくって憂さ晴らししたあと、外にでると雨が今にも降りそうな空に変わっていた。急いで帰ろう。そう思ったけど、歩き始めて2分も経たないうちに大粒の雨が降ってきた。
「あー、今日は最悪。学校に行かなきゃよかった。」
あきらめてゆっくりと濡れながら歩いていた。
「風邪ひいちゃうよ。入りなよ。」
こうもり傘を持った二十歳前後の男がアサミに話しかけてきた。以前にもこんなことがあった。傘をさしかけてくれていい人だと思っていると結局ホテルに連れこまれたのだ。もうあの二の舞いはしないぞ。振りかえり男をにらみつけて叫んだ。
「その手には乗らな…」
背中に電気が走ったような気がして固まってしまった。その次の瞬間、アサミは全速力で走ってその場を離れた。

「これって一目ぼれ?うそー」

アサミは愕然となってへたりこんだ。さっき話しかけてきた男はすらっとしていたが、あまり特徴のない顔立ちだった。でも、でも、あの目は… 今まで見たことがない。暖かそうな目。目の奥に海が広がってるみたいな…。あの瞬間、その目に吸い込まれそうになった。

次の日、ゲーセンの前にアサミの姿があった。今日は私服。それは一番お気に入りの服だった。店に入ってゲームをしてみるが、どうも集中できない。また表に出てみる。でも、空き缶が風で転がっていくだけで、人の姿はない。「は〜。」と、ため息をついたとき、背後から突然肩をたたかれた。
「よ!なにびびってんの?こんなところで何してるの?」。
それは隣の中学校の不良友達だった。にやにやしながら、
「あんた、さっきから誰待ってるの?まさか片想いとか。似合わねえぞ。」
さんざんからかわれた。その後その友達に付き合って遊んでいたが、早々にやめて家に帰った。

一週間ほど毎日ゲーセンのそばをぶらぶらしたが、例の人とは会えなかった。
「やっぱり、この前はたまたま通りがかっただけだったんだ。」
きっぱり忘れようと心に決めた。

「今日は、すっごく冷えるなあ。手の感覚ないし。」
アサミは近くのコンビニから家に帰るところだった。かばんのなかには万引きした雑誌・化粧品・お菓子などが入っていた。お金がないわけではない。アサミにとって、万引きは一種のゲームだった。そして日用品のほとんどを万引きで手に入れることができた。それがアサミのちょっとした自慢でもあった。

むこうから人が歩いてきた。最初はとりたてて気をとめなかったが、近づくにつれて、それはひとめぼれの男の人であることがわかった。「どうしょう。声かけようかな?でも覚えてないかも。」イマイチ勇気が出ずもじもじしていると、向こうが気づいたようだ。
「このまえ風邪引かなかった。」
「全然。平気。慣れてるの。」
「よかった。今日も天気悪いね。雪が降るかも。」
挨拶(?)した後、寒さしのぎのため二人でセルフサービスの喫茶店に入った。そこで自己紹介をしてくれた。彼は大学生らしい。彼が話してる間、ずっと彼の瞳が気になって仕方がなかった。ひとめぼれをしたときと同じ、温かそうな目をしていた。

ふと、話が途切れた。「あっ、どうしよう。何話そう?あ、そうだ」と思い出して取り出したものは、お菓子。もちろん万引きで調達したものだ。
「これ、一緒に食べよう。ちょうどお菓子持ってたんだ。実はこれコンビニで取ってきたの。たいていのものはとってこれるのよ。ほしいものがあったら言って…」
彼の表情がみるみる険しくなったことに気づき口をつぐんだ。すると、突然、彼は前にあったテーブルを叩いて立ちあがった。
「なんで、そんなことをするんだ!君が万引きしていたなんて、とてもショックだよ。ほんとに悲しいよ。」
私は、呆然と彼を見上げていた。彼の温かそうな目が潤んでいた。その彼の目をみていると急に泣けてきた。
「ごめん。急に怒鳴ったりして。びっくりさせて。」
「違うの。違うの。私、ずっと待ってたの。こうやって、本気で怒ってくれる人。ほんとに私のことを思ってくれる人を。やっと出会えた。うれし泣きなの。」
それだけ言って、彼にしがみついた。涙が止めど無く流れた。泣けば泣くほど、気持ちが軽くなるような気がした。彼は何も言わず温かく包んでくれた。

今は日曜日以外にも、パパとママによく会いに行く。行ったら、いつもお金をくれるけど、そうじゃないの。ただパパとママとおしゃべりしたいの。だって、もうすぐこの家を出ていくんだもの。あと1ヵ月で彼が大学を卒業するの。そうしたら、彼と暮らすの。このことはまだ両親には言ってないけどね。それまでに私の気持ちわかってね、愛するパパ・ママ。





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